2024年 愉快な練習仲間達
10月の快晴の日曜日のことです。練習終了後に若手選手に撮影をお願いしました。
― それでは最後に皆さんでお願いします!
「僕が真ん中で良いですよ……ね?」
「俺の方が松戸らしいジャージだぞ(笑)」
「僕なんか取手(競輪場で開催されたレース)の着ちゃってますけど(笑)」
(一同爆笑)
「何かポーズとりましょうか?」
練習仲間が、少し控えめな主人公の取材を盛り上げてくれます。
左から126期 伊澤茉那、125期 山本天平、123期 鳥海 創・坪内 恒・山田駿斗 各選手
松戸市自転車競技連盟(以後、松戸車連)に所属し、市民レーサーとしてバンクも走る記者(62)が競輪選手の日常に迫る連載の第2回。
第1回はコチラ ↓
松戸競輪場を走るアスリート達 ①~今年デビューの新人選手・山下祐輔YAMASHITA Yusuke〜
2023年 プロデビュー
松戸競輪場がホームバンク(練習拠点)の鳥海 創選手
今回は、2023年にデビューし、プロ生活2年目を迎えた日本競輪選手会 千葉支部所属の123期・鳥海 創(とりうみ そう)さん(23)に話を伺いました。
東武アーバンパークライン!?
下の写真で「ライン」と呼ばれる隊列の2番目を走る鳥海選手は野田市出身で、中学・高校時代に陸上で鍛えた脚力を活かし競輪選手になりました。ここまで優勝2回。出走数は95回。そのうち1着43回と勝率45.2%、2着17回、3着8回と、合わせると車券の投票に応える3着以内の確率は71.5%の成績を収めています。
【競輪メモ】一般的な競輪の開催は3日間で予選、準決勝、決勝の3レース
9時30分に始まった周回練習。前から2番目が鳥海選手
やさしい笑顔の鳥海選手。練習仲間にも恵まれ順風満帆な経歴のように見えます。しかし、インタビューの冒頭は少し違うものでした。
2018年 父親が突然!
― なぜ競輪選手を目指したのですか?
「父から突然『競輪はどうだ?』と勧められたのがきっかけです。高校2年で進路を決める時期だったのですが、何も考えられないくらい落ち込んでいた頃でした。自分は中学時代から陸上400mの選手で、高校はスポーツ科に入学したのですが、そこは当然レベルが高く、部内で3番以内のタイムを出さないと県大会出場はおろか補欠にも選ばれません。大会出場の無い練習、陸上による進学のイメージも湧かず(気持ちの上で)苦しい時期でした。鉄道会社に勤務する父は休日にサイクリングをしていましたが、その時初めて父が若い頃に選手を目指していたことを知りました」
何と!6年前、松戸競輪場のイベントで、当時高校2年生の鳥海選手に偶然インタビューしていました。
ロードバイクで来た親子として偶然取材(2018年5月)
松戸車連の練習に初参加(2018年8月)
「バンク走行を体験したり、地元選手による模擬レースを観戦して、自分も競輪用のバイクに乗ってみたいと思いました。その後、松戸車連に入ります。そして高校3年(2019年)の春、父と松戸競輪場で開催されたGI「日本選手権競輪」を観戦しました。正面スタンドから向こう正面までぐるーっと埋まった大勢の観客の歓声、人気の脇本選手の圧倒的な走りを観て『いいなぁ!』と興奮したことを覚えています」
【競輪メモ】脇本雄太選手(94期)は日本選手権競輪でGI史上21年ぶりオール1着の完全優勝を達成。2021年東京オリンピック7位入賞
鳥海選手と競輪の出会いはコチラ ↓
走れ!ママチャリ~松戸けいりんサイクルフェスタでプロの走りを体感!!~
2019年 プロ選手に弟子入り
松戸車連の練習は月2回。これだけでプロ選手になることは不可能です。つてを頼りに、後に師匠となる染谷幸喜(そめや こうき)選手(111期)を訪ねます。
― 鳥海選手の弟子入りを許した理由を教えてください
染谷選手「彼が高校3年の夏ですかね、1時間ほど面接をして弟子にすることを決めました。決め手は競輪選手になりたいという熱意と、怠けそうにない真面目さでした。競輪は反復練習が大切なので、怠けないことが重要です。彼が自分と同じ陸上をやっていたことから、スタートやダッシュなどの技術をその瞬間の気持ちを含め伝え方がわかることもポイントでした」
師匠の染谷幸喜選手
江戸川サイクリングロードで遭遇(2019年12月)
静かな語り口の染谷選手は大学時代、十種競技でインカレ優勝、全日本選手権3位のスポーツエリート。高校生だった鳥海選手はどう感じたのでしょうか?
― 弟子入りして練習はどうなりましたか?
鳥海選手「染谷さんの指導は『できないではなく、やるんだ』的な厳しい面もありましたが、競輪の世界に挑戦する目標ができ全く苦になりませんでした。それどころか、週ごとに練習メニューを作ってくださり、自分のことを本当によく見てくださっているんだと思いました。在学中、平日は授業があったので、土日に染谷さんに付いてバンクに入りました。スポーツ科なので学校に無酸素運動を向上させるパワーマックスと呼ばれるペダルをこぐ機材がありました」
【競輪メモ】競輪にも陸上にも共通の練習機材がある
パワーマックス
2021年 2度の受験で合格
プロになるための最初の関門が、連載第1回でも触れた日本競輪選手養成所入所試験。2020年10月の試験に落ち、さらに1年間再受験を目指し練習しました。
― 次は1年後なんですね。挫折感はありませんでしたか!?
「全くありませんでした。2度目の受験の年となる3月、同じ支部の先輩となる鈴木浩太選手(119期)が、養成所を卒業した直後から活躍され、次こそ合格したいという気持ちが高まりました。(冒頭の写真の)同期の坪内恒さん、山本天平さん達と一緒にアマチュア時代を過ごしたこともモチベーションを維持できた要因だと思います。粘り強くご指導いただいた(師匠の)染谷さんにはいくら感謝しても感謝しきれません。緊張するタイプなのですが、2回目の受験時は走った感触がとても良く、受かったと思いました」
【競輪メモ】競輪界で「アマチュア」とはプロ選手を目指している人。試験は年1回
同期の坪内選手(左)、山田選手(右)
プロ1年目の鳥海選手(写真左)
選手のリアルな日常
時速60km/hをはるかに超える実戦練習
― すごい強度の練習ですね
坪内選手「今日は風が強いですが、(駆け下りる)上バン(バンク上部)から速かったです。走行後、呼吸が正常になるまで20分くらいかかります」
坪内選手(左)は高校(全国準優勝)・大学時代はラクビ―選手
走りながら後方を確認する鳥海選手(左)
走行直後は倒れこんだり、息が乱れていて、話を伺うタイミングが意外と難しい…そんな中、工具や部品、3台の自転車を並べている選手との会話をキャッチ。
山田選手「最近、チェーンが増えちゃって」
鳥海選手「試したいから買うよ。それか銚子丸(のお寿司ごちそう)でどう?」
山田選手は学生時代は陸上三段跳びの選手
伊澤選手「鳥海さんは思いやりのある人ですよ」
― 3台も練習に使うのですか?
山田選手「踏み出しが軽いとか特性がそれぞれ違うんです。2年目になって、ようやく機材を買うにも余裕が出てきました。競輪は(成績が収入に直結して)やりがいがありますね」
― 鳥海選手を見てると大人しい人に見えますが…?
山田選手「鳥海さん、けっこうふざける人なんですよ。でも強くなるための取り組みは真面目だと思います」
走れ!自転車
「ダッシュ力(りょく)が武器なのですが、これからはスピードだけでなく、逃げの手数を増やしていきたいです。先行(せんこう)には、前を走るライン(連携する選手で組む隊列)に追いつき抑えたり、後方から抑えてくるラインを内側から強引につっぱったり、カマシたり(スピードを上げる前に一気に抜き去る)、まくったり(レース終盤に追い抜く)。走りながら後ろを見るのは、自分のラインの選手が付いてきているか、他のラインに飛びついたり瞬時に判断しているのです」
【競輪メモ】「逃げ」とは他車に「先行」してレースの先頭を走る戦術。その中にも「抑え先行」、「つっぱり先行」、「カマシ先行」、「まくり先行」がある。
松戸競輪場を走る鳥海選手(1番車)。松戸車連のメンバーで応援(2023年7月)
「割と緊張するタイプですが、走りだすと関係ありません。何も考えていないのかも知れませんが(笑)、走る前の精神統一とか、ルーティンも、遠征時の決まりごともありません」と語る鳥海選手。
取材を進める中で、鳥海選手の原点はその飾らぬ真面目さとそれを支えてくれる周囲の人達とのつながりとわかりました。そして、高校2年で決めた競輪プロ選手というコースを走るその背中に、大観衆の声援を受ける未来が見えてきたように感じました。
【松戸競輪場】 〒271-0064 千葉県松戸市上本郷594
JR北松戸駅から徒歩3分