お盆前の江戸川サイクリングロード
待てよ…、一人いました!
ライト付きヘルメット
派手な反射ベスト
着替・食料を積むと重めの自転車
そして、険しい表情…
これって楽しいの?
「パリ-ブレスト-パリ」に挑戦する4人の市民を取材しました。
尾形さん「パリ-ブレスト-パリ(以下PBP)は世界で最も古いサイクリングイベントです。
1851年から始まり初期はレースとして行われていました。
有名なフランス一周レース『ツール・ド・フランス』の原型になったとも言われています。
松戸からの出場者を紹介できますよ。」
尾形さん「今大会は、8月18日午後にパリを出発。600km先のブレストで折り返し、再びパリを目指します。
制限時間内完走を目指す人は、
4回の夜を仮眠を取りながら
5日間、1200km走り続け、
22日早朝までにゴールする必要があります。」
実は尾形さん、前回大会で86時間43分の完走者なんです。
PBPを走るのは屈強の若者…?
取材を進めます。
「生まれも育ちも松戸です。」
生粋の松戸市民という小玉さんは松戸駅前の法律事務所に所属する弁護士。
「自転車乗りの立場から交通事故についてもお役に立ちたいです。
もともとはオートバイ乗り。全国を走り回るツーリングライダーでした。
2005年頃、自転車通販サイトの記事を読んで『ブルべ』に興味を持ちました。」
インタビューは、この後ブルべと呼ばれるサイクリングの話題に移ります。
「娘が1才の頃、武蔵野市から松戸市に越してきました。」
という陳さんは御茶ノ水に通勤する会社員。
「サイクリングは会社の福利厚生の健康カフェテリアプランで始めました。自転車も最初は本格的なものではなかったです。その前はゴルフでしたが、自転車はすぐに乗れるし、時間が自由で良いですね。
2013年に馬場店長のお店でロードバイクを購入しました。
スピード出すのは苦手なのですが、お正月に逗子を1人で自分のペースで走ってみたんです。
海の眺めは美しいし、そしたら案外200kmは短いなと(笑)」
記者「……。200kmは長いです。」
日本でブルベの運営を行う団体「一般社団法人オダックス・ジャパン(以下AJ)」のホームページ(以下HP)を見つけました。
ブルベ(仏語 Brevet)は認定を意味します。
「ブルベとはノーサポート・自己責任の長距離サイクリングイベントで、タイムや順位には拘らず制限時間内での完走を認定するものです。参加者は事前に公表されているルートに従って走行し、指定されたチェックポイントを時間内に通過しゴールを目指します。」(AJのHPより)
尾形さん「PBPの主催者はオダックス・クラブ・パリジャン(Audax Club Parisien)。
参加資格は開催の年に各国のオダックスクラブから「シューペル・ランドヌール(SR)」の称号を受けること。
今回PBPに出場するには、
2018年11月〜2019年7月に
200、300、400、600kmを制限時間内に完走する4つの認定が必要でした。」
「山梨県の石和温泉出発、東海道をに西向かって走り、名古屋を経由して琵琶湖を一周。再び名古屋経由で石和温泉に戻る1000kmのコース。制限時間は75時間で、認定タイムは72時間5分でした。
台風の余波と思われる強い風と雨の連続、3日目の暑さと強い日差しに悩まされました。
名古屋に2泊分のホテルを予約。行きと帰りの夜中にホテルに着き、明け方にたつという作戦でした。」
小玉さん「以前、真夜中に眠気防止にラジオを鳴らしながら山間を走っていたのですが、電波の状態が悪く、聴こえたり、聴こえなくなったり。カーブを曲がったら、突然、NHKの放送が入って、カフカの小説『変身』の朗読が始まりました。あまりにも暗い声と内容にげんなりしてラジオは切りました(笑)。」
陳さん「夜、カエルの鳴き声が聴こえるので、娘が小さいときに一緒に輪唱した『カエルの歌』を歌いました。真夜中に一人で歌う私を後ろから抜き去ろうとした人はどう思ったかしら(笑)。」
一同「……(しーん)。」
馬場さん「今回のPBP挑戦は、競技や旅と同様に、まず自分で経験し、お客さまをサポートしたいからです。
店名の『マーモット』はアルプスやピレネー山脈に棲むリス科の動物。外務省勤務時代にパリ駐在を経験し、休日に『ラ・マーモット』というレースに出場。自転車のフランス語『シクル』とともに店名の由来になっています。
今回の私の最大の任務は皆さんが万全な状態でスタート地点に立ってもらうことです。」
陳さん「パリのスタートに立てたらと思ってここまで来ましたが、やる以上は完走したいに変化してきました。」
小玉さん「出るからには制限時間内に完走したいです。」
自転車はある程度分解して箱に入れ、現地で組み立てます。経験を積んでいる皆さんですが、自転車店主が一緒って心強いですね。
馬場さんはフランス人の友人を通じて現地の宿を手配しました。
小玉さん「何しろ朝夕は寒かったです。しかし、現地の皆さんの暖かい声援とSNSを通じた日本の皆さんの応援に励まされました。
町から町へ、沿道の子供たちがハイタッチを求めてくるんですよ。夜中でもその土地の皆さんが、窓を開けて、アレアレ(行け、行け~)!ブラボー!と応援がありました。」
小玉さん「個人的な印象では、坂、坂また坂。町には必ず教会があり、遠くからも目印になりました。しかし、通過しなければならない教会は必ず坂の上にあるんです(笑)。
夜になると、前を走る人の点滅するテールライトが川のように見えました。でも、上りが分かると嫌になりました(笑)。」
日本のかかりつけの鍼灸師に携帯から電話してアドバイスをもらったそうです。
「残り1時間30分くらいで、もう間に合わないかと思いました。脚の痛みに薬を塗ってごまかし、限界までペダルを回し、なんとか間に合いました。
今まで見たこともない風景を撮ったり、楽しかったことは間違いありませんが、気温5℃まで下がる4回の夜と制限時間の迫るプレッシャーでしんどかったです。」
「同行してくださった皆さん、日本からSNSを通じて励ましてくださった皆さん、ここに至るまでの国内の認定を得るためにサポートしてくださった皆さんに感謝します。
そして馬場店長のパリへの導きが無かったら、時期早尚と出場をためらっていたかも知れません。
今回のポイントは眠気に強かったことです。帰国前の観光が一番辛かったかも(笑)。」
途中、はぐれながらも馬場店長と共に折り返し点600kmの地ブレストに到着しました。
陳さん「往路のブレストまでは向かい風。時間内完走を目指すため、睡眠時間の合計は2日で2時間くらい。とにかく、眠くて、眠くて。
そこで3日目の夜に歌いました。カエルの歌を。カエルだけでは足りず替え歌にして、ワンコ、ニャンコ、カモメ、キツネ、アヒル…も登場、ゲロゲロ♪、ワンワン♪、ニャーニャー♪…
馬場店長にも歌ってもらいました(笑)。」
陳さん「4日目の夜になるとPCは完全にクローズ。ついに通過の証のスタンプは押してもらえず、ボランティアスタッフの方がここに来た証にとサインしてくれました。疲れ切ってどうしようかと思っていた22時頃、スタッフの友人で自転車好きなドゥニさんがご自宅に泊めてくださいました。大きな家にお住まいで、奥さまにも出迎えていただき、ベッドやシャワーを用意してくれたり、お菓子もご馳走になりました。」
その時、陳さんの目から涙がこぼれ落ちたそうです。そして、自ら認定した到着時間(23日、8時45分)が心の中に刻み込まれました。
馬場さん「シクル・マーモットは松戸駅西口からも江戸川河川敷からも300mの距離にあります。2010年にロードバイク専門店として開業、初心者に対するお手伝いはもちろん、毎週末に走行会を開催しています。
レースからブルベを含むロングライド、また、トライアスロンやシクロクロスなど、私の経験を活かしてサポートさせていただきます。」
しかし、そこには大会運営のボランティア、沿道の応援、多くの仲間に後押しされてゴールを目指していることが分かりました。
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