平成27年度 松戸かるた大会
新春恒例の『かるた大会』は、平成28年1月23日(土)松戸市民会館で開かれました。大会には、小学校1年生から6年生まで、子ども会に加入している95名が参加しました。
大会は個人戦と団体戦があり、団体戦は3人1組となり23チーム。個人戦は28名が低学年と高学年に分かれて競技開始。
よみ札が読み上げられると、ざわついていた会場はシーンと静かに。子どもたちは真剣なまなざしで、23年近く前に、母校の先輩たちが作ったこのかるたの絵札を探す。熱戦を興じていました。
個人戦の優勝者と団体戦の優勝チーム
<個人戦>
●高学年(小学4~6年生)優勝
小澤愛奈(おざわ あいな)さん
5年生・写真右/小金宮元町子ども会
●低学年(小学1~3年生)優勝
吉岡晏季(よしおか あんり)さん
3年生・写真左/きよしケ丘子ども会
●高学年(小学4~6年生)優勝 シャインステラ わかたけ子ども会
●低学年(小学1~3年生)優勝 ぐでたまチーム きよしケ丘子ども会
「松戸のかるた」は、松戸かるた協会が企画して、市内48の小学校にかるたづくりの協力を依頼しました。
各小学校では、それぞれの学区内にある名所、旧跡、施設などから題材を選び、5-7-5に歌い上げるよう児童を指導しました。
児童が考えた作品の中から、一番良い文章を選び、その文章に絵を合わせて「松戸のかるた」を企画しました。
平成5年5月松戸市内のかるた愛好者が集まって、松戸かるた協会(2代目会長・浅野洋一氏)を結成しました。
「松戸のかるた」は、松戸市制施行50周年記念として誕生
「松戸のかるた」は、松戸市の地域かるたとして、平成5年(1993年)に誕生しました。
松戸市制施行50周年を記念して、松戸市内48校の小学校の児童が、かるたの文章と絵を分担し作ったものです。
松戸市の子どもたちが作った「松戸のかるた」で、かるた大会を開きました。その「松戸のかるた」の絵札と読み札をいろは順にお見せします。
「松戸かるた協会」のこと
同協会は、子どもたちにかるたを親しんでもらうため、ふるさと松戸を読み込んだ子どもかるたを作ることにしました。市内には当時、公私立の小学校がちょうど48校ありました。(現在は、市立44校、私立1校の45校)絵の得意な児童が、絵札用の水彩画を描きました。
松戸かるた協会は市内の小学校に、創立順に「いろは。。。」と割り当てて、子供かるたの制作協力を依頼しました。
同年12月には、かるたが完成。完成記念大会を、平成6年1月10日、運動公園体育館で開催しました。
同協会は、平成20年解散した関係から、かるた大会は、市子連(松戸市子ども会育成会連絡協議会)が引き継ぎ、実施しています。
松戸かるた大会には松戸南ライオンズクラブが協賛
第1回のかるた大会より、松戸南ライオンズクラブが協賛してきました。協賛金での支援と、審判員の派遣で協力しています。
かるた入れの包装箱のこと
かるた(読み札と絵札)をいれる包装箱には、文政年間の松戸宿が描かれています。松戸市教育委員会社会教育課が協力して、資料館から使用の許可を得て、箱の絵としました。
※当時の官公庁名
できあがったかるたは、題材の名所旧跡などの案内図を包装箱に入れました。5,000セット完成し、各学校に配布されて、残りは市内の各書店で発売されました。
※現在(2024年8月時点)は、販売しておりません。
当時の担当者の思い出
平成5年「松戸のかるた」ができて、第1回(子どもかるた大会)の頃、松戸市のこども課の担当だった海老沢健司さん(現・和名ヶ谷クリーンセンター所長)に当時の思い出を語って頂きました。
『私は、当時こども課で、子ども会を担当していました。「松戸のかるた」が出来る前は、千葉を知り千葉を愛する県民かるたとして、平成元年にできた「房総子どもかるた」がありました。』
『そのかるたをもとに開かれた「房総子どもかるた県大会」に、松戸の子ども会のメンバーも参加していました。
かるたには千葉県の祭りや民話など伝統的文化が、題材としてとりあげられていましたが、松戸市のことは、わずか1枚。水戸街道のことのみでした。』
『松戸の名所などを読み込んだ「松戸のかるた」が出来たときは、子どもたちも大喜びでした。子どもたちの文章や絵画は、それぞれの地域の特色を、上手に表していてたすばらしいものでした。かるた遊びをしながら自然に地域の知識が身につくこのかるたを、各学校では社会科や国語の授業で使っていたようです。』
松戸のかるたは「いろはかるた」(京)であがります。
松戸のかるたは(あいうえお かるた)でなく、古典的な「いろはかるた」です。「いろはかるた」の由来は京都のすごろくからといわれ、(い)から始まり(京)であがりの48文字になっています。なお、古文字の(ゐ)と(ゑ)もつかわれています。
水村和香さんの記事はこちら!