松戸まつど
ライフプロモーション
2022年1月18日

コロナに負けるな!!!!Volunteer Journey~2021年「東京オリンピック・パラリンピック」への旅~

 2021年 長い旅路の終わり
コロナ禍で開催が1年遅れた「東京2020パラリンピック競技大会」閉会式の生中継を自宅で観ていた記者は、大会組織委員会・橋本聖子会長の挨拶「私たちの旅路は、今、終わりを迎えようとしています。長い旅路の最後となった東京パラリンピックは、すべての会場が笑顔で溢れていました。」に安堵し、

真っ青な空と溢れる旗。男子自転車ロードレースは東京スタート、富士スピードウェイゴールの総距離244km

これに続く「ボランティアの皆さん、この大会に携わった日本の皆さん、そして、組織委員会のスタッフの皆さん。8年前、私たちが世界に約束した『おもてなし』の心はすべてのアスリートに感じていただけたのではないでしょうか。厳しい状況の中にあっても、互いを尊重し、敬い、心をひとつにした皆さんだからこそ、この大会を成し遂げることができました。この素晴らしいチームを私は誇りに思います。本当にありがとうございました。(大会ホームページより)」という関係者に対する労いの言葉に感銘を受けました。

山中湖付近を通過する選手たち 撮影:Iさん

大会組織委員会からの感謝状

今回は、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会(以下、東京2020大会)自転車競技で、ボランティアリーダーを務め「おもてなし」を実践した眞田(さなだ)夫妻にインタビューしました。

 青空、江戸川、松戸市街の風景にマッチするユニフォームの眞田夫妻。東京と松戸の架け橋「葛飾橋」にて。


2021年 ボランティアな2人
ある秋の日曜日、ユニフォーム姿を撮影するために出かけた松戸神社
七五三参りの家族からの「シャッター押してもらってもいいですか?」に対する自然な対応に、橋本会長の挨拶の意味が理解できました。お2人の東京2020大会に至る長い旅路に迫ります。

市民記者はミタ。

東京2020大会ボランティアは「七五三」も盛り上げた。


2002年 結婚 

眞田夫妻「そこからですか!!(笑)」インタビューは松戸駅西口から始まりました。

「自転車の安全啓発活動もしています(リンク参照)。」

眞田 耕成(さなだ こうせい)さん
東京都板橋区出身
都内の出版社勤務
結婚を機に2002年から松戸市民

耕成さんは、東京2020大会前からボランティアに通じるさまざまな活動をしていました。
「グッド・チャリズム宣言プロジェクト」理事、「東京夢舞いマラソン・ポタリング」実行委員、「日本スポーツボランティアネットワーク」及び「東京マラソン財団オフィシャルボランティアクラブ」でボランティアリーダーを務める筋金入り。

「自転車にハマったのは中学生時代。ブリヂストン製のロードマンという自転車であちこち走っていました。
スポーツは水泳とマラソンをやってました。
観る方では野球、サッカー、ラグビーが好きです。
松戸との縁は妻に聞いてください。」

 「この記事で上司に詳しい報告ができます。」

眞田 郁子(さなだ いくこ)さん
秋田県横手市出身
松戸市内の会計事務所勤務
1997年から松戸市民
ボランティア歴4年

「松戸との縁ですか?
独身時代から住まいも職場も松戸駅近くです。とても住みやすくて、結婚しても松戸に住み続けたいと主人と相談して、この地で結婚生活をはじめました。」


お2人の生活圏を巡りながらインタビューを進めます。

 

 


2009年 大型テレビ購入
耕成さん「エコポイントを利用したテレビの買い替えが、私たちの東京2020大会の始まりなんです。」

大型テレビの話題にぴったりな「江戸川松戸フラワーライン」にて。春はポピー、秋はコスモスが楽しめる2ヘクタールの花畑

― それがどうボランティアに関係があるのでしょうか(笑)。
耕成さん「テレビ買い替えを機に、スポーツ専門チャンネルと契約しました。そこで海外のサイクルロードレース中継を目撃し、忘れていた自転車熱が蘇りました。妻も友人の出るレースの応援に行ったことがあり、一緒に観るようになったのです。」
郁子さん「レース番組はバイクカメラやヘリからの空撮でヨーロッパの美しい風景がたくさん観られるんです。もっと感動するのは、この競技がチームで戦うことです。ひとりのエースを勝たせるためにチームメイトが自分を犠牲にしてでもエースを守る展開の虜になりました。」
なにやらボランティアしながら生でレースを楽しむ匂いがプンプンしてきたぞ~(笑)。あっ!まだこの頃は東京2020大会は決まっていなかったです。

2011年 ロードバイク購入
耕成さん「当時はマラソンをしていたのですが…。偶然通りかかった『シクル・マーモット』のショーウィンドウを見て乗りたくなり、一緒にテレビ観戦していた妻もその気に!!2台同時に買いました。」

 ご近所「シクル・マーモット」店長の馬場さん

 江戸川サイクリングロード

郁子さん「夫のスパルタな練習(笑)もありましたが、そのおかげで長い距離を走れるようになりました。お店主催の走行会を通じて多くの仲間とつながり、何より夫と共通の話題があることに幸せを感じます。」

2台同時購入とは!一体おいくら万円(笑)と聞きたくなります。


2013年 東京開催決定
夫婦で自転車に乗るようになって2年が経った2013年9月7日(土)、午前3時。大型テレビの前で

 眞田家御用達(笑)「相模屋菓子店」

郁子さん「『トーキョー!』と聞いた瞬間、興奮して夫と握手しました。絶対にオリンピックに関わることをしたいねと話したことを覚えています。」

耕成さん「一生に1度きりの東京2020大会。何としても2人で関わりたい気持ちでした。その時点では純粋に“何か興味のある競技に関われれば”という気持ちで妻と一緒にボランティアに応募しました。」

取材中、至るところで記者を気遣うお2人。
「相模屋さんのお母さんです。」と、行きつけの和菓子店を紹介してくださったり、きてみてまつど通りのお店では、ゆっくり話をするのに適した外のテーブル席の使用許可を取ってくださいました。

記者のニーズを察知する気配りに、お2人が各地のボランティアで活躍する姿が目に浮かびます。


2018年 東京外環自動車道 松戸インター開通!?
記者は外環道開通を記念したサイクリングイベントの取材で写真をお借りしていました。
ゲストで参加していた元F1ドライバー・片山右京さんは、耕成さんが理事を務める「一般社団法人グッド・チャリズム宣言プロジェクト」のプロジェクトリーダー。
その片山さんが同年11月、東京2020大会自転車競技のスポーツマネージャーに就任します。

2018年。左から耕成さん、片山右京さん、郁子さん

2021年。スポーツマネージャーの片山右京さん(右)と

耕成さん「右京さんとのつながりによって、オリンピックボランティアへと結びつくことになりました。」

2019年 テストイベント「READY STEADY TOKYO」
本大会が行われるちょうど1年前の7月、本番を想定したレースでお2人の活躍が始まります。

 コロナ前、記者も偶然観戦していたテストイベント

郁子さん「スタート地点の武蔵野の森公園で関係者の受付や一般来場者の対応をしていました。残念ながらスタートシーンを見ることはできませんでしたが、東京2020大会に関わっている充実感がありました。」

耕成さん「来場者用出入口で対応に当たるボランティア十数人をまとめるリーダーでした。ボランティア経験の浅い人も楽しんで活動できるよう、盛り上げながら自分も楽しみました。

 この時は選手と接することの無かったお2人ですが、「私達をもっと使えオーラ」を感じます(笑)。

2020年 大会延期

 本人確認のためのカード。入場できる会場、エリアを表示

新型コロナウィルスの感染が世界中に拡大し東京2020大会の延期が決まります。

耕成さん「この間も研修は続いていました。本番では2人とも、ボランティアスタッフをまとめ大会組織委員会担当者との間を取り持つボランティアリーダーになることが決まります。」

郁子さん「来年の夏にはコロナ禍が収束し本当に開催できるのか、開催に否定的な報道もあり、疑問を持ったり、不安を抱いたりしたのは事実です。」

お2人「コロナ禍で働き方も変わり、これまでの日常と全く違う生活の中でしたが、ボランティアを辞退しようという気持ちは全く無かったです。一生に1度の機会。絶対逃したくなかったです。」


 2021年 東京2020大会開催へ
5月にユニフォームを受取り、リモート研修が続いていました。6月に武蔵野の森公園、7月には富士スピードウェイでの会場別研修受講。コロナ禍の中でも熱意は変わらない2人でしたが…
郁子さん「日本中が笑顔で迎えるはずの東京2020大会が『ボランティアをやります』と大きな声で言えない雰囲気になっていました。職場の理解が無ければ参加できなかったと思います。」

「キテミテマツド」フードコート

「きてみてまつど通り」ハンバーガーショップ

 耕成さん「暗い世相の中でも開催に向けた準備は着々と進められました。そんな中、大会関係者へのワクチン優先接種が決まり、安心してボランティア活動ができたことに感謝しています。」

2021年7月22日 ボランティア初日
自転車ロードレースは開催国の風景を映像で全世界に紹介するために、開会式(7月23日)直後に行われるのが恒例になっています。本番に向けて公式練習が始まっていました。

 松戸神社にて。(イメージ写真です。)

郁子さん「会場に行くためにユニフォームを着て向かった松戸駅西口で『ボランティアさん?頑張ってください』と声を掛けられ、夫と顔を見合わせて喜びました。コロナ禍の開催に対する厳しい目もあり、中には私服で家を出て駅のトイレで着替えてから会場に行くという方もいたそうです。」

耕成さん「リーダーとして意識したことは、仲間が楽しく活動できるように、とにかく自分が楽しむことでした。マスクの中から笑顔を絶やさないようにして、気持ちよく話ができるよう心掛けました。」

ボランティアは全競技で約7万人。大会ムードを盛り上げるためユニフォームで会場に通うことになっており、専用の更衣室やロッカーはなかったそうです。


ボランティアって何をする人?

オリンピック男女ロードレースのスタート会場・武蔵野の森公園での4日間から振り返ってもらいました。

耕成さん「国内外の来賓・来日した審判団・競技車両ドライバーに対する軽食のサービスが主な仕事で、妻が担当する選手用テントエリア設営の監督や来賓席エリアの警備も担当しました。そこでは、テストイベントで叶わなかったレースのスタートシーンを目の前で観ることができました。」

 早瀨久美さんと武蔵野の森公園で 撮影:耕成さん

郁子さん「テントエリア設営に加え当日は選手のスタート地点への誘導も担当しました。
大会組織委員会からの指示を伝えるだけでなく、こうした方が皆やりやすいのでは?と提案したり、明日本番なのに間に合うかしらと、リーダーの責任もあって緊張した貴重な経験でした。
帰りの常磐線で翌日の手順を検討していると、帰宅後に夫が組織委員会から渡された書類を分かりやすく加工してくれて、家庭でもリーダーの夫(笑)に助けられました。」

お二人「素晴らしい出会いもありました。
ボランティアでご一緒した聴覚障害者の早瀨久美さん。夫の早瀨憲太郎さんとともに、2022年にブラジルで行われる夏季デフリンピック競技大会の自転車競技日本代表に内定しています。
また、2025年に日本で初めてデフリンピックを開催するための招致活動でも活躍中です。
何と早瀨久美さんは2才から高1まで松戸市民で、今も友人が市内にいるとのことでした。」

記者はパラリンピックに聴覚障害者がいないことを知り、その彼らが世界で輝ける舞台として“デフリンピック”があることを初めて知りました。

夫婦でつかんだ金メダル!?
5日目以降、富士スピードウェイで活動したお2人は、大役「メダルハンター」を務めます。
それはオリンピック男女タイムトライアルレースにおいて、ゴール直後の上位3選手が座るホットシートで、メダリストへの飲み物やタオルのサービス、表彰式や報道エリアまでの誘導を担当したのです。

休憩中。William Clinch(Road Cycling Discipline Manager)さん(中央)と

― 大役はリーダーの特権(笑)ですか?
郁子さん「それがジャンケンなんです(笑)。手を挙げて、大接戦の末、担当する3人に私たち夫婦が2人とも勝ち残ったのです。オリンピック直前まで、テレビでずっと見ていた選手が目の前に!メダルが確定した男子選手の涙を見たときは、私も感動して込み上げるものがありました。」
― 緊張しませんでしたか?
耕成さん「緊張なんてまったくしませんでした。午前に女子、午後に男子、2度もメダリストを先導することになり、夫婦揃って夢の時間を共有できたことを一生(笑)語り続けることでしょう。女子の表彰式終了後、歩きスマホで国際電話をする金メダリストを追いかけたり、行先を指さす私の姿がTwitterに取り上げられ、話題になりました。」

「3.11」を忘れない
お2人にとって東日本大震災の起きた「3.11」は「ボランティア意識を高めた日」だそうです。
所属する「一般社団法人グッド・チャリズム宣言プロジェクト」は震災直後から復興イベントの共催団体として活動しています。東京2020大会後も陸前高田市に出掛けます。

奇跡の一本松前で「写真撮りますよ~」

10回目を迎えるイベントの受付を担当 撮影:Tak.iijima

このイベントのボランティアから東京2020大会にも多くの方が参加していたことが分かりました。

東京2020大会で輝いた!
オリンピック6日間、パラリンピック7日間を務めた耕成さん、6日と2日の郁子さんにどのような心境の変化があったのか気になります。
― 印象的なエピソードはありますか?
郁子さん「ランチが不足し、フランスチームのスタッフから怒られました。すぐに別のものを届けると、何とか笑顔に。しかし、今度はフォークが無いとご立腹(汗)。一生懸命探して、割り箸を持っていったら、満面の笑みとともに『グッジョブだ!』とピンバッチをもらいました。」
耕成さん「選手と観戦者の一体感を作ることができました。有観客の富士スピードウェイで、女性金メダリストが観客席からの拍手に小さく応える仕草を見せたので、私が“もっと拍手を!”と両手を上下させたところ、場内から割れんばかりの拍手が起こりました。」

耕成さんが選手と観客の一体感を演出した富士スピードウェイ(有観客の会場)撮影:Sさん

 ― お二人にとっての東京2020大会とは?
郁子さん「ボランティア一人一人のアイデアや意見をつないで大会が作り上げられたのだと強く感じました。年齢や職業、住んでいる地域も違う仲間と一生懸命に活動した経験と達成感は、私の誇りと宝物になりました。」

郁子さんが懸命に駆け回った武蔵野の森公園

耕成さん「大会関係者がコロナ禍に大きく振り回されてきたことを思えば、我々が遭遇するハプニングなど小さなことだと分かりました。
多くのパラアスリートをサポートしたことで、“障害者と認識する私の意識そのものが障害なのだ”ということを強く感じました。健常者・障害者の区別のない共生社会になるためのボランティアを続けていきたいと思います。」 
「東京2020大会は、楽しかったという達成感だけでなく、私たちを次のステージへ導いた財産になりました。」お2人の溢れる言葉に記者も取材を忘れ感動していました。

終わらないその旅へ ~A never ending journey~
今回の取材で、困難なコロナ禍の中の開催、パラリンピックを目の当たりにした気づき、東日本大震災への復興支援など、お2人は、常に相手がどうしてほしいか察知し行動していることが分かりました。

 2021年、世界の国から~ならぬ、江戸川サイクリングロードからこんにちは(笑)。

「東京2020大会に関わりたいと思った経緯から活動内容までお話をする良い機会になりました。」
インタビューの最後まで気を遣う眞田夫妻。8年前、テレビの前で握手した2人が、いくつもの日々を越え、東京2020大会で輝いていたこと、そして笑顔が溢れていたことが分かりました。

千葉 淳

千葉 淳 (ちば じゅん)

「人生は旅」、学校卒業後、松戸市民から転勤族に。東北勤務時代に家族と「おくの細道」をたどるサイクリングを始めました。平成26年春、転勤で帰郷。これからは”松戸芭蕉”となり旅人の目から見た「松戸」を伝えていきます。

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