個性がたのしい2015年3月24日

松戸の人シリーズ・あの人に聞いてみた!その1~「田島加寿央」さん

人の魅力は街の魅力

ここ数年、たくさんの人との出会いがありました。
さまざまな業種・世代の人と接する中で感じたことは「松戸にはなんとすごい人がいるのだろう」ということでした。「松戸の魅力は《人》」そんなことを実感するきょうこのごろ(笑)。
松戸にいる「すごい人・熱い人」を紹介してみたいと思います。


松戸の料理の鉄人

IMG_5977 IMG_5974シリーズ第一発目は・・・
田島加寿央」さん。新松戸にあるフレンチ料理のお店「田島亭」のオーナーシェフ。生まれも育ちも生粋の松戸っ子。

フレンチとの出会い

1113_01彼が小学5年生くらいのころ。
夕方になるとお母さんのお使いで近所のお店に通っていました。そこにほぼ毎日のようにお買い物に来る「かっぷくのいいおじさん」がいました。お店のおばさんが「あのおじさんはね、帝国ホテルっていうところでフランス料理を作っているすごい人なんだよ」そう教えてくれたそうです。
「帝国ホテル?フランス料理…?」さっぱり意味がわかりません。しかし、その後・・・某民放で放送されたテレビドラマ「天皇の料理番」そして料理番組の「料理天国」。この二つの番組を見たとき、「フランス料理ってなんて美しい料理なんだ!」
「ああ、毎日会うあのおじさんはこんなすごい料理を作る人だったのか!」
そう思ったのだそうです。

その「かっぷくのいいおじさん」こそが、松戸が生んだ名シェフ、そして日本にフランス料理を広めたあの故・村上信夫シェフだったのです。平成13年11月には、その功績が称えられて松戸市民栄誉賞も受賞しています。

それから病弱なお母さんに代わり、見よう見まねで料理をつくることもありましたが、中学校ではバレー部、高校では野球部の部活三昧。卒業後の進路も「野球」への誘いがあったのだそう。でも、彼の心の片隅にはなぜか「フランス料理」が。意を決して料理の専門学校に進みます。

きびしい修行時代

FullSizeRender専門学校で調理師免許をとった田島さん。最初の就職先は某有名ホテルでした。
華やかに見える一流ホテル。でもそこでの仕事は「雑用一辺倒」。先輩の機嫌が悪いだけで罵声を浴びせられ、ときには手をあげられることも。料理人の世界は厳しいと聞いていましたがまさかこれほどとは…。

本場フランスへ

IMG_5979ホテルの次に勤めたのは超有名フレンチレストラン。ここでは15人中13人のシェフが「フランス帰り」。仕事中の公用語は「フランス語」。休み時間もみなフランス語の辞書を片手に熱心にフランス語とレシピの勉強をしている。
そんな環境に身を置く中で、彼自身も「フランスに行って本場のフレンチを学びたい!」と強く思うようになりました。持ち前の体力と集中力で、給料のほとんどを語学学校につぎこみフランス語を猛勉強。結果、1年でフランス語が話せるように。25歳でまず、スイスに旅立つのでした。

ほんものとの出会い

IMG_5981スイス、フランスと全部で7軒のレストランで修行。
朝になると、ポットになみなみと入った牛乳と生クリーム、そして藁(わら)にくるまれた発酵バターやチーズが近くの酪農家から届きます。
肉類も自分たちがまずさばくところからスタート。もちろん食材になる動物を「飼う」。自分たちで捕まえてくることもありました。生きている動物の命を絶ち「食材」に変化をさせることで、「命の重み」を実感しました。
すべて「じぶんの手」「じぶんの見えるところ」からのスタートなのでした。「じぶんの求めている料理とはこれだったのだ」と、強く思ったそう。

母からの電話

IMG_5972日本を離れて5年の歳月がたとうとしていました。このままこの国で、シェフとして骨をうずめようかと思っていた矢先…。久しぶりにかかってきた1本の電話。松戸にいる母からでした。
「あんた、いつ帰ってくんだい?もうすぐ30歳だろ」
病弱な母の、気弱な声を聞き、帰国を決意。再びホテルの総料理長を務めたあと、飲食店のプロデュース業に携わります。経営が傾いたお店を自ら乗り込んで「立て直していく」。料理人としてだけではなく、さまざまな角度からのアプローチも飲食店にとっては必要だと感じたからだそうです。
鳥取県では経営不振のホテルの料理部門の再生にも着手。見事1年で料理部門は再生。ホテル内にもう1軒レストランを開店させるまでになりました。

じぶんの店を松戸で

IMG_5975 IMG_5978

40歳になり、いよいよ「じぶんでなにもかも手がけた料理を作りたい。フランス修行時代で体験した《じぶんの手で食材を調達して、じぶんの手で料理する》、そこにこだわりたい。大手のホテルではできないことをやるんだ。それにはじぶんが生まれ育った町─「松戸」ここに根っこを張ろう。」と決意します。
そして2009年3月。新松戸で「田島亭」をオープン。けっして大きなお店ではありませんが、ひと品ひと品をていねいに作り上げる、そして常にお客さまの笑い声が絶えないお店です。

じぶんの目指すもの

gotibou「松戸の食文化の底辺をアップさせたいんです」そう語る田島さん。
「ファミレスにはない手作りのよさをみんなに知ってほしいんです。そして─」「この食材がどこからどういうふうに皿の上にやってきたか…それを知ることで『命の大切さ』を知ってほしい。」
「料理」という手段を通して松戸の「文化」形成の一翼を担いたいという彼の熱い思いは、松戸市観光協会や市役所主催イベントへのとりくみにも現れています。

じぶんの夢にむかって

「こどもたちの未来のためにも、そして松戸のためにもまだまだやりたいことがあるんです。でもまだそれはひみつかな(笑)」彼の「野望」は尽きることがありません。
修行時代に先輩から言われたことば。「雪道を歩くように、しっかりゆっくり歩け。そしたら《あと》がつく。そうすることでじぶんの《身》になるんだ。流れのままに泳いでいけ。そしたら必ず《海》に出る」
この言葉がつねに心の中にあるのだそう。だからどんなめんどくさいことにも手を抜かず、一つ一つやり遂げてきたという彼のことばにたいへんな重みを感じました。
自身の店の経営だけでなく、料理教室や大学での講義、また東日本大震災の被災地にも年に何度も支援のために訪れる田島さん。今後の活躍がますます期待されます。

yuki最後に、お店に行くたびいつも笑顔で出迎えてくれ、田島シェフを支える奥様の由紀子さん、鳥取県から修行中のスタッフの白水さん、そして不器用な私のために取材のお手伝いをしてくださった榊原さん。この3人の方々に心から感謝いたします。


田島加寿央(たじまかずお)氏プロフィール
1966年千葉県松戸市生まれ。調理師専門学校卒業後、株式会社プリンスホテルに入社。
赤坂プリンスホテルのメインダイニング「ル・トリアノン」にて5年の修行ののち渡欧。
スイス、フランスのレストランで本場フレンチを学び帰国。
東京・青山にある会員制ホテル「ウラク青山」のメインレストラン「ジョアン」の料理長、鳥取県・倉吉にあるホテルセントパレス倉吉の総料理長、東京・六本木にある「開運 お福ラジオ」の料理長などを経て、現在は新松戸のフレンチレストラン「田島亭」オーナーシェフとして地物を生かしキュイジーヌモデルヌ(現代フランス料理)を提唱している。


 

IMG_5983田島亭
住所/松戸市新松戸1の229の2
TEL/047-710-9605
営業時間/11時30分から14時、17時30分から23時定休日/日曜日(木曜日はディナーのみ)

田島加寿央シェフもごちそうを作ってくれました!「ごちそうとぼうさい」イベント

田島加寿央シェフのレシピも紹介! 非常食&野菜で作る「ごちそうレシピ」

故・村上信夫シェフも受賞した「松戸市民栄誉賞」受賞者

この記事を書いたライター(市民記者) 小川 照美

大分県出身、松戸在住23年になります。食べ歩きが趣味です。「人の魅力が街の魅力」そんなことを伝えることができればと思っています。